STEP FORWARD解散後の1991年にDennis Lyxzénが結成したREFUSED。
hardcore punkをバックボーンとし、Victory RecordsやNew Age Recordsのスタイルとはまた一味違う、独自のrockin' new school hardcoreを確立させシーンに根付かせた。
これはUmeå hardcore史を画する事績で、後続バンドへの影響はもちろん、シーンを牽引した最重要な位置付けになる。
hardcore punkをバックボーンとし、Victory RecordsやNew Age Recordsのスタイルとはまた一味違う、独自のrockin' new school hardcoreを確立させシーンに根付かせた。
これはUmeå hardcore史を画する事績で、後続バンドへの影響はもちろん、シーンを牽引した最重要な位置付けになる。
ユーロ圏外でも、"songs to fan the flames of discontent"がVictory Recordsよりリース、"everlasting"がEqual Vision Recordsから再発されるなど需要も高く、EARTH CRISISやCHOKEHOLDが好きならまず必須。
しかし"new noise"の頃を変化点として、だいぶサウンドの印象が変わってしまう。
Dennisは、1998年にREFUSEDを解散させ、THE (INTERNATIONAL) NOISE CONSPIRACYへと活動の場を移すことにする。
メンバーにSEPARATIONのLars Strömberg、DOUGHNUTSのSara Almgrenも在籍と、シーンの枢軸として活動してきた傑士が揃う。
2012年にREFUSEDは再結成され、Fuji Rock Festivalの出演には驚いたが、とうとう今年、"the shape of punk to come"から17年の時を経て、4thアルバムになる"freedom"がリリースされた。
後期のhardcore punkに加え、alternative metal色を増したサウンドは唯一無二。
メンバーにSEPARATIONのLars Strömberg、DOUGHNUTSのSara Almgrenも在籍と、シーンの枢軸として活動してきた傑士が揃う。
2012年にREFUSEDは再結成され、Fuji Rock Festivalの出演には驚いたが、とうとう今年、"the shape of punk to come"から17年の時を経て、4thアルバムになる"freedom"がリリースされた。
後期のhardcore punkに加え、alternative metal色を増したサウンドは唯一無二。
REFUSED - "pump the brakes"
1992年、STEP FORWARDやREFUSEDに触発されたABHINANDAが始動。
メンバーは、REFUSEDのDennisの実弟Jonas Lyxzénがドラム、Desperate Fight Recordsを設立するJosé Saxlundがボーカルというメンツで結成されている。
クレジット01になる"darkness of ignorance"を1993年にリリースするDFRなくして、以降のシーンとしての認知、拡大化もなかったかもしれない。またUmeåに固持できる程のバンドが存在し、輩出したのも事実。
クレジット01になる"darkness of ignorance"を1993年にリリースするDFRなくして、以降のシーンとしての認知、拡大化もなかったかもしれない。またUmeåに固持できる程のバンドが存在し、輩出したのも事実。
そして翌1994年、"senseless"のレコーディングに入るが、リリース時にはギターのKristoffer Steenの姿はなく、すでにREFUSEDへ加入。彼の後任には入れ替わる感じで、REFUSEDを抜けたPär Hanssonが着任している。
さらに同年、JonasそしてJoséがCruiserの名でSEPARATIONなるプロジェクトを始める。
Joséは2年ほどで離脱する一方で、JonasはSEPARATIONに専念のため、"neverending well of bliss"リリース後にABHINANDAを脱退。
その後、SEPARATIONは3人編成で継続し、スプリット(w/ SERENE)や"5th song"をリリースする。
emotional new schoolというよりは、Ebullition Records系のGROUNDWORKやTHENCEFORWARDに近いだろうか。
1996年のGenet Recordsから"self titled"を経て、ラストリリースとなった"rumble"は、後期REFUSEDを追随するかのようにalternative rock化し、バンドは1999年に終止符を打つ。
さらに同年、JonasそしてJoséがCruiserの名でSEPARATIONなるプロジェクトを始める。
Joséは2年ほどで離脱する一方で、JonasはSEPARATIONに専念のため、"neverending well of bliss"リリース後にABHINANDAを脱退。
その後、SEPARATIONは3人編成で継続し、スプリット(w/ SERENE)や"5th song"をリリースする。
emotional new schoolというよりは、Ebullition Records系のGROUNDWORKやTHENCEFORWARDに近いだろうか。
1996年のGenet Recordsから"self titled"を経て、ラストリリースとなった"rumble"は、後期REFUSEDを追随するかのようにalternative rock化し、バンドは1999年に終止符を打つ。
解散から11年経ち、Pump Up The Volume Fest 2010で再結成し、来日を果たしたのは奇跡としか言いようがない。
ABHINANDA - "senseless"
ABHINANDAとREFUSEDによるFINAL EXIT。サイドプロジェクトとはいえ、1994年から3年間ほど活動していたold schoolバンドで、スウェーデン版PROJECT Xといったところ。
しかし、当時は各メンバー名前を替え、詳細は不明だった。
後々明らかになったメンツは、Dennis LyxzénがD-Rpの名でベース、それ以外のメンバーはDavid Sandström (Dave Exit)、Pär Hansson(SXE Guile)、Kristoffer Steen(Kid Stone)だ。
old schoolと前述はしたけど、fastに時にはstompに展開する様は、BOLDやJUDGEらのRevelation Records勢とも対峙できるかと思う。
また、"teg"と"umeå"をまとめた"det egentliga västerbotten"が2007年にリリースされ、一回りした世代にも存在を示している。
FINAL EXIT - "respect"
: my collection :
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