Monday, December 31, 2018

L'ESPRIT DU CLAN - interview


フランスのEvreuxでライブを見て以来、ClemがARKANGELのベースで来日し一緒にツアーをまわり、またArseneが日本に来た時に会ったりで個人的に少なからず縁を感じていたL'ESPRIT DU CLAN。スプリットが決まってインタビューを取ったんだけど、返信が遅くこの時期になってやっと掲載できることに。
スプリットリリースのタイミングもあったので、インタビュー掲載は諦めて彼らのことを先日、個人的にいろいろ書いた。そちらも合わせて参照していただければと思う。
インタビューに答えてくれたのはボーカルのArsene。





PR> 東京で会った後、京都や大阪にも行くって言ってたけど日本滞在はどうだった?
Arsene> ずっと日本に行きたかったから未だに信じられないよ。ヨーロッパとは大きく異なった日本の文化や食べ物、生活様式に至るまですべてが大好きなんだ。今の目標はバンドとして日本に行くことかな。

PR> 本題のL'ESPRIT DU CLANについて。1995年の結成からだいぶ経って周りの環境も変わったと思うけど、昔から仲のいいバンドとかいたら教えて。
Arsene> 今でも仲がいいのはHANGMAN'S CHAIRにいるメンバーたちだよ。彼らはES LA GUERILLA、KNOCKOUTZやARKANGELなど今とは違ったスタイルのバンドにいたんだ。
俺らL'ESPRIT DU CLANはヨーロッパ中にたくさんのバンドやキッズと知り合う機会があったけど、あなたが言うように時が経って、BORN FROM PAINやLENGTH OF TIMEらともシーンの中で顔を合わせることが無くなってしまったね。


HANGMAN'S CHAIR - "dripping low"
 

PR> いま出たバンドのようにフランス国外でのライブが多いと思うけど、よく一緒にライブするバンドはいる?
Arsene> ポーランドやベルギー、カナダでも多くのバンドと共演し、今まで1000近いライブをこなした。だから全てを思い出すのは難しいかな。

PR> バンド結成当初、影響を受けたバンドは?また普段はどんなジャンルの音楽を聴いているの?
Arsene> 元々はMERAUDER、MADBALLやBIOHAZARDなんかのハードコア、NTMやONYXのヒップホップを聴いてたんだ。またメタル系だとPANTERAやMETALLICA、SEPULTURAは今でも好きだよ。現行のハードコアバンドだとCODE ORANGE、TURNSTILEそしてTRAITORS、ヒップホップはDAMSO、PNL、Gucci Maneかな。またジャズやフォーク、ファンクとかも聴くしChet Bakerの大ファンなんだ。


L'ESPRIT DU CLAN - "circus frenesie"
 

PR> Chapitre Ⅴ : Dramaのリリース以降、もう1人のボーカルShiroとベースのClemが脱退したよね。特にボーカルがArseneひとりになって何か変わったことはある?
Arsene> 今でもよくShiroとClemとは会うし何も変わらないよ。もう一緒に音楽を作ることはできないけど、俺らは長い時を共に過ごしてきたし。大きく違うことは、子供たちと過ごす時間が増えたことぐらいかな。

PR> 脱退したShiroがChapitre VIの"sur les murs"でフューチャリング参加してるけど、彼はまだバンコクでムエタイをやっているんでしょ?
Arsene> いや彼はパリにいる。年に2、3回はタイに渡り、パンガン島でキャンプトレーニングしているよ。
 
PR> その2人が脱退してL'ESPRIT DU CLANが活動休止に入り、新たにArseneはPARISIAN WALLSというサイドプロジェクトを始めているよね?
Arsene> うん、活動休止は4年に及んだよ。でも俺的には活動を止めたくなかったんだ。何か行動したかったし、常に創造する必要があった。創作しない生活なんて考えられないよ。


PARISIAN WALLS - "you are the enemy"
 

PR> 活動再開に伴い再編成された現在のL'ESPRIT DU CLANのラインナップと、過去のメンバーがいま現在やっているバンドがあれば教えて。
Arsene> ボーカルが俺Arseneで、ギターがChamkaとFabio、ベースJulien、そしてドラムがVinceだ。L'ESPRIT DU CLANの歴史には多くのメンバーが在籍してきたけど、もっとも重要なのは伝承してきたことをリスペクトすることだと思うよ。俺らはバンドとして家族同然のように結束している。それは音楽ビジネスのためだけのものではないんだ。
脱退したメンバーは、HANGMAN'S CHAIRやARKANGEL、AS THEY BURNそしてTHE PRESTIGEといったバンドで活動しているよ。

PR> 地元のParis hardcore sceneはどんな感じなの?
Arsene> 過去にはシーンはあったかもしれないけど、もはやパリのハードコアシーンは成り立ってないのが正直なところかな。常にバンド間で争い事があって、ユニティースピリットが感じられないんだ。

PR> 今後のライブ予定、また何か音源をリリースする予定があれば教えて。
Arsene> 2019年はヨーロッパ外でプレイするよ。新しいアルバムに向けて曲作りを進め、時間をかけて精巧なプロジェクトにしたい。これが最後になるかもしれないし。

PR> 最後に何か言いたいことはある?
Arsene> インタビューの機会をもらったことと、東京で一緒に過ごせた時間に感謝するよ。

 
L'ESPRIT DU CLAN - "sur les murs"
 

Tuesday, December 18, 2018

Northern Italy hardcore scene - 3


 


1989年、ギターのFreddyとドラムのGonzoがYOUTH OF TODAYのショーを機にTHINK TWICEを結成された。
V/A "it's pounding in!"参加後の1991年に7ep"loyalty"、1992年にはドイツのCrucial Response Recordsから1st"unrealized"をリリースする。
しかしベースのWalterが脱退し、後任で加入したMassimo Coronaも1年ほどの在籍で脱退。彼は後にRomeに移りGROWING CONCERNやEQUALITYといったバンドで活動している。

早い時期からold school straight edgeを掲げていたTHINK TWICEだが、サウンド面ではONWARDやBOLDなどに近く、当時としてはメタリックな部類に分けられると思う。
解散は1995年。2007年にリユニオンし一時期活動再開していたようだが、Freddyがブラジルに移住のため再び解散した。

そして突如2016年に、Youth Crew Recordsからディスコグラフィ"choices we stand by"がリリースされたのも記憶に新しい。これには解散前の未発表音源も収録。


THINK TWICE - "Salzgitter 93"
 





Bologna近くのModenaで1991年に結成されたBY ALL MEANSは、1999年まで活動していたstraight edgeライフスタイルバンド。ここまでbrutal metallic hardcoreな音は異彩ともいえる存在だが、後期にギターで在籍したMario 'Ringo' Luppiは、IMMORAL MAJORITYのボーカルだったというのは意外。

単独のほか、スプリット(w/ EQUALITY)やV/A "intollerance"等々の音源を出す一方、メンバーのAdriano Pratissoli、Massimo MeloniそしてAndrea GallininiはSOCIETY OF JESUSなるサイドプロジェクトを始めている。
そして1996年にSUBSTANCEとのスプリット、1997年に単独7ep"...Dei Miracoli"をリリースした。 このSUBSTANCEは、CREEPSHOWのボーカルでGreen Recordsを主催していたGiulio Repettoのバンドでもあったことでも知られている。

本業の方は本国のみに留まらず、BURNING DEFEATと同じくVort'n Visで行われたhardcore festivalの出演を果たし、CHOKEHOLDやLIARらとも共演した。
そして1999年に2nd"fino a qui... tutoo bene!"をリリースし、AVAILやBOY SETS FIREが帯同したUS tourを成功させている。


BY ALL MEANS - "Modena 5 ottobre 1996"
 





Alessandriaを拠点とし、90年代中期に活動していたBURNING DEFEAT
当時のシーンを知るには重要なGreen Recordsに所属のバンドで、1994年に7ep"singlin' out the aims"、そして1996年に1st"seldom"をリリースした。
レーベルの中でも頭一つ抜けたmid 90's emotional hardcoreは、当時を思い返してもひと際存在感があったことを記憶している。

決して疾走しない終始ミドルテンポの曲構成で、ENCOUNTERやレーベルメイトの後期EVERSOR、またQUICKSANDにも比肩するクオリティは、IeperのVort'n Visで行われたフェスに出演するなど人気を博した。

個々の活動においても、ギターのAndrea FerrarisがV/A "get a grip on reality"やいくつかのコンピに参加していたOUTRIGHTに在籍。かたやベースのAlessandro Azzaliは、MUDHEADのメンバーでもあった人物で、その後はエンジニアとしてGROWING CONCERNやCATARACTなどを手掛けた。
このOUTRIGHT、MUDHEAD辺りはメタリックな音を出していたバンドで、90's early new schoolを掘り下げている人には支持されそう。コンピ参加がいくつかあって、特にV/A "get a grip on reality"とかはまだ手に入るかと思う。


BURNING DEFEAT - "28 9 1994"
 
 
 


Bologna political straight egde hardcoreバンドIVORY CAGE。1993年のデモに続き、Green Recordsから1995年に出した7ep"TV head"が日本でも流通されていたので、その世代には比較的知名度はあると思うが、この時期にABSENCEと同じくEARTH CRISISに近い音を出していたことに驚く。
翌1996年には12インチで6曲入りの"cold words from empty grey"をリリースする。

この音源はHEADSMANのAthosがレコーディングで叩いたってのも興味深いが、同年にベースのAndrea BassiがTHE GUILT SHOWを結成している辺り、解散の予兆だったのかもしれない。

単独音源のほか、"anti racist compilation"や"get a grip on reality"などの主要コンピに参加し、同郷のCHEMICAL POSSEと共に、シーンの中核を担っていただけに短命で終わってしまったのは残念。

THE GUILT SHOWには、後々NOT ONE WORDやTHE SECRETに在籍するFederico Lodoloもいたことでも知られる。さらにAndrea Bassi含め、IVORY CAGEのいくらかのメンバーはSUMMER LEAGUEへと活動の場を移すことになる。


THE GUILT SHOW - "raise my flag"
 


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